避難所での「眠れない夜」が体を蝕む 今こそ知るべき災害と睡眠の真実

2011年3月11日。あの日から15年が経ちました。震災を経験した方なら、あの夜のことを今も覚えているはずです。体育館の冷たい床、消えない照明、知らない人たちとの雑魚寝——そして、なかなか眠れなかった夜。あるいは、プライバシーを求めて車の中で体を丸めて夜を明かした方もいるでしょう。

あの「眠れない夜」は、単なる不快な体験ではありませんでした。近年の研究によって、避難所や車中泊という環境が、私たちの体に想像以上の悪影響を与えていたことが科学的に明らかになっています。震災から15年という節目の今日、改めてその事実と向き合い、次の災害に備えるための知識を身につけましょう。

「眠れない避難所」は昔話ではない——15年後に明かされた科学的事実

避難所の「眠れない夜」は今も続く問題

東日本大震災では、多くの人が学校の体育館や公民館などの公共施設で避難生活を送りました。避難所はすぐには閉鎖されず、阪神・淡路大震災では9か月にわたって開設され続けたという記録もあります。それほど長期間にわたって、多くの人が厳しい睡眠環境に置かれていたのです。

避難所での不眠を訴える声は当時から多く上がっていました。別の研究では、避難から3週間後の時点でも、60歳未満の約6割、60歳以上では約7割が睡眠の乱れを感じていたという報告があります。しかし長らく、「それが具体的に体にどんな悪影響を及ぼしているか」を科学的に検証した研究はほとんどありませんでした。

脳波で客観的に測った研究が初めて示したこと

広島大学・東京医科大学・大阪大学の研究グループは2019年、この問いに正面から向き合いました。研究者たちは「避難所環境」と「車中泊環境」を実験室内で再現し、健康な成人男性9名が実際に寝たときの睡眠を脳波で客観的に計測したのです(Ogata et al., International Journal of Environmental Research and Public Health, 2020)。

避難所環境の再現には段ボール2枚と災害用ブランケットを使用。車中泊環境では床から45度に固定した車のシートを使いました。自宅での通常睡眠と比較しながら、脳波・眼球運動・心拍・血糖値という4つの指標を同時に計測するという、当時としては類を見ない精密な研究でした。また実験では食事内容・就寝時刻・服装をすべて統一し、カフェイン・アルコール・運動・昼寝・スマートフォン使用も制限するなど、睡眠環境以外の条件を厳密に揃えたことで、「環境の違いだけが睡眠にどう影響するか」を純粋に評価できる設計になっています。

避難所でも車中泊でも——眠りは確実に壊されていた

何度も目が覚める「分断された睡眠」

研究の結果はとても明確でした。避難所環境・車中泊環境のどちらでも、自宅での睡眠と比べて「入眠後に目が覚めている時間」が大幅に増加し、睡眠ステージが切り替わる回数も大きく増えていたのです。

睡眠は一晩中均一に続くものではなく、浅い眠り・深い眠り・夢を見るレム睡眠という段階を繰り返しながら体と脳を回復させています。この繰り返しが避難環境では乱されており、睡眠が何度も細切れに途切れていることが脳波の記録から確認されました。

特に避難所環境では、夢を見るレム睡眠の開始が遅くなり、浅い眠りの時間が増え、レム睡眠全体の時間も短くなっていました。レム睡眠は記憶の整理や感情の調整に深く関わっており、この段階が削られることは精神的な回復にも影響を及ぼします。

研究者は睡眠が分断された原因として、寝具の硬さや体を動かしにくい環境、そして寝具内の温度や湿度の低下を挙げています。実際に計測データでは、避難所・車中泊のどちらも、布団の中の温度が自宅より低く、体が十分に温まらない状態で眠っていたことが確認されています。

「車の中の方が安心」は本当か——車中泊がもたらす体への負担

東日本大震災でも、避難所に入らず自家用車の中で夜を過ごした人が多くいました。プライバシーを守りたい、ペットを連れている、赤ちゃんの泣き声で周りに迷惑をかけたくない——そうした理由から車中泊を選んだ方も多いはずです。

しかしこの研究が明らかにしたのは、車中泊には避難所とは別の深刻なリスクがあるという事実です。車中泊環境では、自宅と比べて睡眠中の「交感神経の働き」が有意に高まっていました。

交感神経とは、体を緊張・興奮モードにする神経のことです。健康的な睡眠中は本来、体をリラックスさせる副交感神経が優位になるはずですが、車中泊ではそれが十分に機能せず、眠っている間も体が「戦闘態勢」を保ち続けていたことを意味します。これは、車のシートによって体の動きが制限されることで、睡眠がさらに浅くなっていたためと考えられています。いわば、体は眠っているふりをしながら、実は休めていない状態が一晩中続いていたのです。

眠りの乱れが体を壊す——血圧・血糖・心臓への連鎖

交感神経の高まりが血圧を上げ、心臓病リスクを高める

睡眠中に交感神経が活発になり続けることは、単に「よく眠れなかった」というだけの話ではありません。研究が示した通り、睡眠の乱れによる交感神経の高まりは翌日以降も続き、血圧を上昇させることが分かっています。

さらに長期的には、この状態が心臓病や脳卒中といった心血管疾患のリスクを高めることも様々な研究で示されています。実際、東日本大震災後には「災害関連死」として心筋梗塞や脳卒中による死亡が相次ぎました。その一因として、避難生活による睡眠の悪化と交感神経の持続的な活性化が関わっていた可能性が、この研究の知見から浮かび上がってきます。

もともと高血圧や心疾患を抱えている方であれば、その影響はさらに深刻になり得ます。今回の研究対象は健康な若い男性でしたが、研究者たちは「中高年や高齢者では影響がさらに大きくなるだろう」と明確に指摘しています。実際の被災者の多くは高齢者や持病を持つ方たちであることを考えると、その深刻さは一層増します。

車中泊は血糖値にも影響——糖尿病リスクへの懸念

研究ではさらに、車中泊環境において睡眠中の血糖値の変動が自宅での睡眠より有意に大きくなることも確認されました。今回の研究では一晩限りの実験でしたが、実際の避難生活のように何日も何週間も車中泊が続いた場合、血糖代謝への影響が蓄積していく懸念があります。

別の研究では、深い眠りを3日間だけ妨害するだけでインスリンの効きが悪くなり、2型糖尿病のリスクが高まる可能性があるという報告があります。避難所や車中泊での生活が1週間、1か月と続く現実の避難生活では、血糖代謝への悪影響がより顕著になっていた可能性は十分に考えられます。

また、別の研究では睡眠不足は食欲を抑えるホルモンを減らし、食欲を増やすホルモンを増やすという報告があります。被災後の混乱した食生活と組み合わさることで、栄養状態がさらに悪化するという悪循環が生じる可能性もあります。

こうした睡眠の質低下による健康への影響は、単発の夜に限らず、日を追うごとに積み重なっていく点が特に重要です。避難生活が長引くほど、体への負担は大きくなります。しかし今のところ、長期的な避難生活における影響を追跡した研究はまだ少なく、今後の調査が求められています。

睡眠環境の改善は「命を守ること」——避難所に求められる視点

避難所の環境改善は医療支援と同じくらい重要

この研究が私たちに示す最も重要なメッセージは、「避難所の睡眠環境を整えることは、医療支援と同等の重要性を持つ」ということです。傷の手当てや投薬と同じくらい、被災者が安心して横になれる環境をつくることが、体と心の健康を守ることに直結しています。睡眠の乱れは見えにくいリスクですが、数日・数週間と蓄積するとその影響は無視できなくなります。

具体的には、床の断熱対策(段ボールや断熱マットの備蓄)、適切な寝具の確保、プライバシーを守るための仕切り、そして騒音対策が挙げられます。今回の研究では実験室内の騒音は再現されていませんでしたが、実際の避難所では大勢の人が密集する環境で騒音が大きな問題になります。別の研究では、体育館の夜間騒音が推奨基準を超え続ける時間帯が一晩の半分以上に達したという報告があり、騒音が睡眠をさらに妨げていることが示されています。

車中泊を選んだ人も支援の対象に

今回の研究が特に重要な問題提起をしているのは、車中泊についてです。車中泊を選んだ人々は「自分で安全な場所を確保した」と見なされがちで、支援の目が向きにくい面がありました。しかし研究が示すように、車中泊もまた体に確実な負担をかけています。

車中泊を余儀なくされている人々も、避難所にいる人々と同様に、健康支援の対象として積極的に関わっていく必要があります。エコノミークラス症候群の予防と合わせて、睡眠環境の悪化による健康リスクについても、支援者が知識を持つことが求められます。

今日からできる「睡眠の防災」——いざというときのために備えること

防災グッズに「睡眠の備え」を加えよう

防災リュックに何を入れていますか?水・食料・懐中電灯——それらと同じくらい、睡眠環境を少しでも整えるためのアイテムを加えることを検討してみてください。

・  折りたたみ式の断熱マットやアルミシート:床からの冷えと硬さを軽減できます。今回の研究でも、寝具内の温度低下が睡眠の乱れと関連していることが示されています。

・  耳栓:避難所での騒音対策として有効です。特に普段から音に敏感な方にはとても重要なアイテムです。

・  アイマスク:消えない照明や外からの光を遮ることで、体内時計の乱れを防ぎます。

・  使い慣れた枕やブランケット:研究の避難所条件でも枕は自宅から持参していました。小さな「安心」は精神的なストレスを軽減し、睡眠の質に影響します。

あの夜の教訓を、次の命を守るために活かす

東日本大震災から15年。私たちはあの震災から多くのことを学びました。建物の耐震基準、津波避難の仕組み、そして地域コミュニティの大切さ。しかし「避難中の睡眠」については、まだ十分に議論されてきたとは言えません。

「眠れない夜」は、疲れるだけでは済みません。体の中で静かに、しかし確実に、血圧が上がり、心臓に負担がかかり、血糖の調節が乱れていきます。それが積み重なって「災害関連死」につながっていく——その仕組みを、私たちは科学的に理解し始めています。

あの夜の教訓を、次の備えに。防災は「生き延びること」だけでなく、「生き延びた後の健康を守ること」まで含めて初めて完成するのではないでしょうか。今日という節目の日に、ぜひ一度、あなた自身の防災について見直してみてください。

そして、もし身近に高齢の家族や持病を持つ方がいるなら、ぜひこの記事を一緒に読んでみてください。「避難所での睡眠が体に与える影響」を知っているかどうかが、いざという時の行動を大きく変えるかもしれません。避難グッズの見直し、家族での避難計画の話し合い、地域の防災訓練への参加——できることから始めることが、15年前のあの夜を生き抜いた私たちの、次の世代への責任ではないでしょうか。

参考文献
1)Ogata H, Kayaba M, Kaneko M, Ogawa K, Kiyono K. Evaluation of Sleep Quality in a Disaster Evacuee Environment. Int J Environ Res Public Health. 2020;17(12):4252.